ミズノケイスケのアイディア倉庫Vol.1 2002年〜2016年

ミズノケイスケの活動の軌跡、思いついてはかたちにし、かたちにしては壊す。そんな繰り返しのアーカイブ。アイディア倉庫Vol.1は、2002年〜2016年のアイディア30個です。

「アイデンティティデザイン」という言葉ができるきっかけになった大事なプロジェクト

#030 パーソナル・アイデンティティデザイン

前身となる「アイデンティティカウンセリング」を発展させたのが、このパーソナル・アイデンティティデザインです。カウンセリングモニター100名を、60名弱で切り上げてサービス化。ランディングページを作成してサービス開始となりました。

 

【自分探し・能力開発】自分を知り変えていく個人セッション 

パーソナル・アイデンティティデザイン(2016年3月くらい〜

https://peraichi.com/landing_pages/view/poesy

 

それまではモニターですので、無料で行っていました。無料なので、知り合いに声をかければ比較的簡単にOKがもらえますし、ネットでの発信を通じて、全然知らない県外の人からも依頼がありました。が、サービス化して有料になると、そうも簡単には行きません。

 

ウェブ広告を打ってみたり、ブログを書いて集客しようとコンテンツマーケティングにチャレンジしたり。ランディングページも工夫して作りましたし。なんだかんだで、20名くらいの方に購入いただいたでしょうか。経験は学びだなあと思います。

 

そして、この時にできた「アイデンティティデザイン」という言葉は、今後のぼくの仕事において看板とも言える言葉になっていくのでした。

「良質なコンセプトを集める」というコンセプトのTumblr

#029 Concept Library

「コンセプト」という存在に惹かれて、コンセプトメイキングの本を読んで勉強したり、コンセプトってなんだろう・・?と日夜向き合いながら模索をしたりする時期がありました。

 

コンセプト。よく使われる言葉だけど、あいまいにされがちな言葉。コアにあって重要な概念。顧客、便益、根拠の3要素だ。色々な言われ方をしますね。

 

とにかく、そんなコンセプトさんのことをよく理解したいと思ったぼくは、世の中にあるこれいいなと思ったコンセプトを、一箇所に集めようと思い付きました。それが、Concept Libraryでした。

 

Concept Library初投稿が2015年の12月16日

https://concept-library.tumblr.com/


経営理念と同様、どんどん変わっていく代表プロフィール

#028 どんどん変わっていった代表プロフィール

独立したタイミングでホームページを立ち上げて、代表者プロフィールというページができました。立ち上げ時の肩書は「コンセプトデザイナー」となっていたようです。コンセプトをデザインする人。

 

その後の自己探求で、自分の新たな一面を発見するたびに、このプロフィールは書き換えられていきます。書いては消し、書いては消しの作業。一見無駄にも見えるこの作業も、広く自分を知る一連の行程だと考えると、意味のあることだったんじゃないかと今なら思います。

 

独立を期に、経験値を貯めるため、自腹を切って60人のカウンセリングにチャレンジ

#027 アイデンティティーカウンセリング

35歳で会社を辞めて独立したとき、これを仕事にしよう!と考えたのがカウンセリングという仕事でした。といっても、カウンセリングの資格などは持っておらず、独自の手法として「アイデンティティカウンセリング」と名付けてはじめたのでした。

 

アイデンティティをカウンセリングする。自分が何者だかわからずに、迷子になってしまっている人のために。3つの手法を使い、その人自身がより自分を知ることのお手伝いをする、というものです。未経験だったぼくは、ある目標を掲げました。モニターさん100名を、無料カウンセリングさせてもらい経験を積もうという作戦です。

 

しかも、3つの手法の中にはストレングスファインダーが含まれており、これを行うには本を1冊購入する必要があります。モニターさんに購入費用を負担させるわけにはいかず、自腹で購入してプレゼント(1冊1700円くらいだったか)。今考えると、なかなか思い切った行動をしたものだなと。とても今のぼくにはできません。当時のがむしゃらさがうかがえます。

 

結果、モニター60人を手前にして、いったん終了することにはなるのですが。目標は達成せずとも、その60名弱のカウンセリングを通じて得られた経験は大きな財産のように思います。一人あたり5時間くらいかけて行ったのですよね。そして、このアイデンティティカウンセリングは、時を経てさらに変化していくのでした。

 

※2015年1月27日に初のモニターカウンセリングスタート


ジョン・レノンの曲名や歌詞をモチーフにしたTシャツショップ

#026 ジョン・レノンリスペクトT

隣にあるeveryday365Tからスピンオフして派生した、Tシャツショップです。ジョン・レノンの曲名や歌詞をモチーフにしてTシャツをデザインしていく中で、ジョン・レノンものだけを切り離してみました。

 

下記URLから閲覧、Tシャツの購入も可。

ジョン・レノンリスペクトT

https://www.ttrinity.jp/shop/johnlennon/(開始時期は2014年3月くらい

毎日1枚Tシャツをデザインしてアップするぞ!とがんばった軌跡

#025 everyday365T

きっかけなんて、ほんの些細なもので。ライブイベントで着るTシャツをつくってみたら、これがまた簡単で、楽しい。いくつでも作れそうだ。と思ったが最後、「よし、毎日1枚Tシャツをデザインしよう!」とひらめいてはじめたのがこのTシャツ販売ショップです。

 

ショップのネーミングは、[everyday365T]としているのは、毎日のように着るTシャツと、毎日1枚Tシャツデザインをアップすることから来ているのですが。持ち前の飽きっぽさを、ここでもいかんなく発揮して、毎日アップはある日、ぱったりと止まったのでした。それでもなんだかんだ、いま確認したところ全部で219デザインがアップされているようです。

 

下記URLから閲覧、そしてもちろん購入も可です。

everyday365T

https://365t.theshop.jp/(2014年2月スタート)


ひとりよがりの自慰的ライブを脱する!と奮闘したライブイベント

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#024 ライブイベントmix!!! (ミックス) 

これは思い出深い。高校生の頃にはじめてバンドを組んで、それから色々な人たちと様々なかたちでバンドを組んだ。バンドを組んで曲を演奏できるようになると、ライブをしようぜ!という話が出る。そう、バンドはライブをやるために組まれるものだと言っても、大幅には間違っていないだろう。

 

かくいうわたくしも、数々のライブを経験した。ライブをしようぜ!というのは簡単なのだが、一つ頭を悩ませる問題がついてくる。チケットノルマというやつだ。ハコ(ライブハウス)に支払いをするために、チケットを販売しなければならない。チケットが売れなければ自腹である。

 

ライブはやりたい!でも、チケットは売れない。だから自腹を切ってライブをする。世の中にあるバンドが実際のところどうだかわからないが、少なくともぼくは、いくつかの自腹ライブを経験した。バイト代を当てればいい、そんな大した問題ではない、と。

 

ときは流れ、30を超え、社会人バンドを組んだ。いくつかの曲が演奏できるようになると、誰からともなくライブしようぜ!という話が出た。そう、バンドを組んだ男たちのライブしようぜ!は誰にも止められない。ただ、20代のときの自分と違ったのは、「自腹ライブは、ひとりよがりの自慰的ライブじゃあないのか?」という考えに至ったことだ。

 

ちゃんと採算が取れるライブをする。そのためには、ひとりよがりじゃだめだ、来てくれるお客さんに楽しんでもらえるような工夫をしなきゃだめだ。社会人になって、ビジネスというものを知ったからこその思考だったのか。それとも、若かりし頃の自腹ライブを繰り返したくなかったのか。かくして、採算の取れるライブをしようという想いは、周りにいた対バンメンバーたちにも受け入れられた。

 

よいコンセプトがあり、それをすべき理由があり、理解と共感を得られるメンバーがいること。それだけ揃っていれば、目標達成は容易いものだと思う。もちろん紆余曲折、計画の途中でいくつもの波乱があった。しかし、後から考えてみれば、ことは順調にスムーズに進み、結果イベントは大成功。当初掲げた採算の取れるライブをするという目標を、達成することができたのである。

 

・・めちゃくちゃ大変だったけど、よい経験だったなあ〜

ライブイベントmix!!! (ミックス) (2014年2月8日開催)

いろんなものがアップされているYouTubeチャンネル

#023 YouTubeチャンネル

こちらは、特になんの捻りもございませんが、YouTubeのチャンネルですね。ざっと見てみると、色んな動画が雑多にアップされています。

 

バンドのライブの様子、弾き語りの様子、和太鼓をやっていたときのライブ、なぜか微妙な食リポ(笑)、新年会で女装漫才をやったときの様子、勉強会での発表などなど。

 

一番再生回数があるもので1600回ほど、CHA-LA HEAD-CHA-LA(ドラゴンボールの曲ですね)をバンドメンバーで演奏したときのもの(練習風景)のようです。

 

YouTubeチャンネル ミズノケイスケ

https://www.youtube.com/channel/UCCly4ariS3CwEJyqISebk8Q


ストレングスファインダーの学びを深めようと企画した、自主勉強会

#022 名古屋ストレングスファインダー研究会(SF研)

ぼくは、何かひとつ学ぶものが見つかると、それをシェアすることで学びを深めようとする傾向があるようです。学びの原理からしても、わりとよい作戦かなと思います。が、長続きしないのが欠点でしょうか(汗)。

 

ストレングスファインダーに衝撃を受けたぼくは、早速勉強会を企画したようです。ストレングスファインダーを知ったのは春でしたが、その半年後の秋頃のことですね。結果、5回ほど開催されたようで、その後はミズノラボという企画の中でストレングスファインダーを取り上げることになるようです。

 

SF研 Facebookページ(作成日: 2014年11月4日)

https://www.facebook.com/NagoyaStrengthsFinderKen/

作曲した歌をアップしておいたり、なぜか朗読した音声がアップされていたり

#021 SoundCloud

 音をウェブ上にアップロードして、世の中のシェアすることができるSoundCloud。どうやら最初の投稿が「7 years ago」なので、2013年くらいでしょうか。何をアップしたかというと「朗読」。ほぼ日の「今日のダーリン」を音読してそれを録音してアップしたようです。

 

確か同時、発声練習みたいなのに凝っていて、今日のダーリンとか朝日新聞の天声人語とか、歌の歌詞とかを音読していたんですよね。で、それをアーカイブ化しようとしてSoundCloudにアップしてみたわけですね。ただ、無料プランだとアップロードできる時間に制限があって、途中で止まってしまった。今見ると、なにげに1000回以上再生されているものもあって、誰が聞いているんだろう?

 

あとは、ちょうどその頃、自分の中での作詞作曲+DTMのブーム第二波がきていて、バンドメンバーの結婚式で披露した曲とか、娘の誕生をきっかけにつくった曲もここにアップされています。

SoundCloud:keysuke mizuno


プレゼンテーションやセミナー講師をしたときの資料まとめ

#020 スライドシェア

スライドシェアというのは、いわゆるプレゼンで使う「パワポ」のデータを、ウェブ上にアップしてみんなでシェアできるというサービスです。

 

こちらが、わたくしのアカウントで、勉強会での発表やセミナー講師をしたときのパワポ資料が載っています。

スライドシェア:Keysuke Mizuno

 

中でも一つ思い出深いのが、WCANという名古屋のウェブ制作向け勉強会で発表したもの。当時「抽象化思考力」というものにハマっていて、この技術を身につけるとWebディレクターとしていいことあるよ!みたいな発表をしたものですね。

「地方Webディレクターを救った、なーんか抽象的な話。」ミズノケイスケLT@WCAN2013Winter2013年12月21日

自分の得意なことを商売にできないかと、模索したプロジェクト

#019 ミズノケイスケの"ヒトリ"プロジェクト

会社に勤めながら、会社の社外活動制度を利用したプロジェクトがこれ。ここでは、「作曲」と「コンセプト言語化」の仕事を募集するホームページを作成したようです。

 

曲づくりは、趣味で独学ですが、いくつかの楽器とDTMを駆使して何年もやっていました。それを仕事にすることができたらいいな、そんな動機ではじめたのだと思います。きっかけはこのホームページではありませんでしたが、某スーパーさんの店内BGMを作曲、レコーディングを担当させてもらい、今でのお店の行くとそのBGMが流れていて懐かしくなります。

 

コンセプト言語化も、確か1〜2件担当をさせてもらったような。今でも、言語化はぼくのクリエイティブ能力の中でも強い武器になっています。こうやってサービス化したのも、何かの縁かもしれません。開始時期は、手元のメモで2013年5月くらいのように思われます。まだ当時のホームページが残っています。

http://mizunokeysuke.mystrikingly.com/


ウェブ制作者のキャリアのうち、ウェブディレクターとしてのアウトプットの場

#018 ナナメ上ゆくWebディレクションTwitter

ぼくのウェブ制作のキャリアは、たぶん他の人とだいぶ違っています。まず、コーダー(コードを書くエンジニア)からはじまって、次にCMS(システム)の構築を覚えて、それからウェブディレクター(全体を取りまとめる現場監督みたいな人)を経験して、さらにウェブデザイナー(見た目上のビジュアルを作る人)も担当する。器用貧乏のぼくにとってはありがちなんですけど、全パートをちょこっとずつかじるというキャリアの積み方をしました。

 

で、おそらくちょうどウェブディレクターとして経験を積んでいく中で、Twitterを活用してアウトプットの場をつくったのがコレだと思われます。「ナナメ上ゆく」というネーミングから、ちょっと特別感、人と違ったやり方をしているという自負があったのでしょうか。更新開始は、2013年11月からのようです。下記のアカウントでまだ存在しています。

https://twitter.com/naname_dir

結果は出ずとも、集客することの難しさを知った実験的プロジェクト

#017 10万円以下のHP制作 - ミズノラボ

このとき勤めていた会社に「ギフト部」という割と斬新な制度がありました。詳細はうろ覚えなのですが「会社以外でのクリエイティブ活動を奨励する」みたいなものでした。

 

当時のぼくが思いついたチャレンジとして、会社のホームページ制作のターゲット層に当てはまらない、比較的安価なホームページ制作(金額にすると10万円以下)の受注を狙ってホームページを作成したのでした。

 

これが、2013年の夏頃のことのようです。ホームページを立ち上げて、ブログを更新して、Facebookで宣伝したりと、色々と動いてみたものの、結果受注にはつながりませんでした。しかし、結果は出ずとも、集客することの難しさを体験をもってすることのできたよい機会でした。

 

また、ホームページ自体は残っていますので、以下のURLで見ることができます。

https://mizunokeysuke.jimdofree.com/

 

いま見て興味深いなと思うのが、自分のことを知ってもらいたいがため、くっそ長いプロフィール(笑)が展開されていることです。当時も今も、人間って変わらないもんだな〜と思いました。


バイク屋さんへのFacebook導入をアウトプットしていたブログ

#016 ソーシャルマーケティング1年生ブログ

今でこそSNSをビジネスに活用するのが当たり前になりましたが、当時(2012年頃)はまだ模索の時期でした。このときお客さんだったバイク屋さん、モトハウス248さんへのFacebook導入のことや、その過程での気付きを綴ったブログです。

 

単純に導入を支援するだけでなく、アウトプットすることで経験値を増やそうという狙いと思われます。更新は2012年4月〜2014年12月まで、2年ちょっと続いたようです。以下のURLでまだ過去の記事が残っています。

http://ichinensei.boo-log.com/

父の定年後の夢をお手伝いした、思い出深いプロジェクト

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#015剪定屋とうちゃん

このプロジェクトは、剪定屋とうちゃんのチラシは、ぼくの制作という仕事における、燦然と輝く成果物にもはやなっているのである。

 

定年した父親が剪定の仕事をはじめたいと言い出して、諸々の手伝いをした。どんなことがしたいのか話を聞いて、名前を決めて、チラシをつくって。結果、このチラシできた仕事が1件だか2件だったか、それからしばらく経って、そううまくはいかずにやめてしまった。

 

結果だけ見れば、大したことは起きなかった。でも、この数年後に父は癌で死んだ。これがしてやれてよかったと、心底思った。その思いは、ときが経つにつれて少しずつ大きくなっている。子供の頃に庭いじりをして、ずっとやりたかったと言っていた剪定の仕事。

 

言ってみれば叶えたかった夢、みたいなものを応援すること。自分が持っている能力を使って、それを応援してあげられるんだってこと。その経験ができたことが、何よりの財産だと思う。なくなった父親からのプレゼントだと思うことにしようか。

 

さて、いつ頃の話だろうと調べてみると、PCフォルダ作成日2012年11月23日、結婚記念日や!4月15日がプロジェクトスタートだというメモもある。父がなくなったのは2015年8月、その1年前に癌の余命宣告をされている。これがしてあげられて、本当によかった。


会社員時代の、いわゆる裏アカTwitter

#014 Twitter@omohideinmyhead

きっとこういうのを、裏アカといういうのだぞ、きっと。当時、ぼくのメインのSNSはTwitterだったと思う。そんな中、メインのアカウントは別にこのアカウントをつくった。ちなみに、アカウントの名前や画像はNUMBER GIRLから来てるときた。

 

人が裏アカをつくる理由はただ一つ。表アカウントで語れないことを吐き出す場所をつくるためだ(たぶん)。そう、ぼくも例にもれず、少々後ろめたい理由でこのアカウントをつくったのだと思う。

 

これを書いているとき、ざっと読み返してみて・・そうヒドイことは書いていない。と思う。ただし、前に一度、これはあかんやつというツイートは削除したことがある気がする。

 

2012年2月からはじまっているこのTwitter。そう、当時のぼくは悩んでいた。もがいていた。会社を辞めたい。辞めてやりたい。辞めてやる・・言えない。そんな思い詰めた人間に、もしその心の闇を吐き出す場所をつくったことで、少しでも前を向いて活きられるのなら。裏アカというものがあってもいいんだと思う。

https://twitter.com/omohideinmyhead

人間中心設計(HCD)の有志グループ活動

#013 HCD DiG

当時、人間中心設計(HCD)という制作の手法を学んでいて、名古屋のウェブ制作者仲間で有志の会を立ち上げたのがこのHCD DiG。

 

懐かしい。思い出す。なんだか青春の味だなあ。結局、ちょっと不本意な展開で活動が続けられなくなってしまったけれど。あのときの諸々の経験(失敗談も含めて)は、今にすごく活きていると思う。人生無駄なことはない。若い頃の失敗は宝だ。って思う。

 

Facebookページの作成日が、2011年12月17日になっているので、もうそろそろ10年になるのか。震災のあった年ですね。

https://www.facebook.com/hcddig/


はじめての、インスタグラムは懐かしい

#012 Instagram

今ではインスタグラムも当たり前のものとして浸透していますが、初投稿、2011年7月21日というのは比較的早い方だったのでは!?ちなみのこれが初投稿だったようです。

 

ざっと見てみると・・本が多いぞ。バンドネタが多いぞ。生まれたての娘の写真が上がっているぞ。まー、それにしても、懐かしいっ!

Instagram:@akanerob

 

嫁さんのデコスニーカープロジェクト

#011リメイク・デコ コンバーススニーカー 1chang - いちチャン

ある日、嫁さんが急に、コンバースをデコって何やら可愛らしいスニーカーをつくっているじゃありませんか!

 

これは面白いぞ!と思い、当時勉強中だったウェブ制作の練習も兼ねて、嫁さんのプロジェクトを応援していたのでした。

 

ちゃんとホームページも立ち上げました。最初の作品が2011年7月25日にアップされているようです。同じ年の11月3日には、クリエイターズマーケット初参加らしいです。

 

メンズサイズも作ってもらって、自分で履いて出かけると、周りの女子から「可愛い、それ、わたしも作って欲しい!」と、広告塔やってましたね、わたし。20足ほど制作されたようです。今での、サイトの方に写真で見ることができます。

http://shunkantoeien.com/other/1chang/index.html


ちょうど空いていたドラムで加入した、社会人バンド

#010 突然変異というバンド

若い頃にはいくつもバンドをやり散らかしたわけですが、社会人になってから組んだ初めてのバンドがこの突然変異。記録によると、2011年5月27日、ドラムとして加入。それから、2015年3月の解散ライブ(カラオケ)まで、およそ4年の活動ということになります。

 

当時の会社のつながりで結成されたバンドで、なぜここでドラムを担当したかというと、そこがちょうど空いていたから(笑)という。ライブにもいくつか出て、機材を持ち込んでレコーディングしたりと楽しく活動していました。当時のウェブサイトとか音源とかが残っているようです。

 

ブログ:http://metamorphosis.boo-log.com/

ホームページ:http://totsuzenheni.mystrikingly.com/

SoundCloud:https://soundcloud.com/totsuzenheni

30歳にしてはじめてみた、和太鼓

#009 和太鼓チーム 天太鼓舞

どんな経緯だったか、もう忘れてしまった。バンド関係は色々とやっていたけど、30歳にして突然和太鼓をはじめたのでした。地元の和太鼓チーム「天太鼓舞」(てんてこまい)さんにお世話になっていました。

 

2010年8月加入〜2012年末くらいまでのようなので、2年ちょいくらいですね。画像は20周年ライブのチラシで、デザインを担当させてもらいました。この20周年ライブがぼくのラストのステージだったようです。

 

いやあ、探したら出てきました、当時のライブの様子がYouTubeにあがっていました。10代の若い子たちに混じって、30のおじさんがんばっていました(笑)。


技術系ブログ〜自己探求ブログへ、変化の人生と共にあったブログ

#008 瞬間と永遠.com

ブログと言うと、ブログサービスを利用するのが主流だと思いますが、自分でサーバーを借りてCMSをインストールしてつくった本格的ブログとなりますでしょうか。

 

ちょうど、ウェブ制作の勉強も兼ねて、a-blog cmsを導入しているようです。ブログ名の名付けとか、印象に残っていますね。当時大好きだった曽我部恵一さんの歌のタイトルをいただきました。瞬間と永遠のブルース♪

Blog : 瞬間と永遠.com

 

2010年3月はじめ頃オープン。、2015年の4月で更新が止まっています。色々と思い出深いブログですね。技術者としての勉強を兼ねたアウトプットをしたり、自分の人生についての自己開示をしたり、次第に自己啓発的な内容が増えていったり。そのときの、自分にとっての興味関心が、ブログの内容に如実に現れているようです。

好きなものスクラップ集をTumblrで

#007 Tumblr

つまり、好きなものスクラップ集ですね、これは。その昔はPCのハードディスクに入れていたけど、Tumblrでやって、今はPinterestでやっているという。

 

 

コンテンツを永遠さかのぼっていったら、開始時期は2009年10月29日だったようです。ふう〜、それにしてもめちゃくちゃリブログしてるやん。。その数、数千を超えるだろうか。リブログおじさんやん。。

Tumblr:akanerob

 


ゆるっとふわっとずるずるっと、大人の遠足+カメラ企画

#006 おさんぽカメラ部

カメラを持って集まって、みんなで写真を撮りながらの遠足。これがおさんぽカメラ部です。当時のカメラ好きと、地域のコミュニティを通じて何かやりたいな、というのがきっかけだったとおもいます。

 

2008年11月3日に初開催だったようです。豊田市内の公園でおさんぽカメラ♪ブログで会の報告などしていたようです。

http://osanpo.boo-log.com/

 

で、この企画、地味に長続きしまして、ブログ上に記録に残っているもので、2013年の1月に岐阜県養老町に行ったとされています。その後も、何度か、参加者も入れ代わり立ち代わり、リーダーも変わったりしながらずるずるっと。

 

ま、そんな、名前のとおりですけれど、ゆるっとふわっと企画でした。

厳密にはまだ嫁ではないが、嫁について書くブログ

#005 嫁ぶろぐ。

それにしても、ことあるごとにブログを立ち上げるクセがあるぼく。今度は結婚式の1年ほど前から、ちょっとフライングの「嫁ぶろぐ。」を立ち上げたようです。

 

当時、わりと写真が趣味で。(フィルムカメラを駆使してバシバシ撮ってました)撮った写真に、何かしら一言を添えてアップしていました。

 

http://yome.boo-log.com/

 

更新時期は、2007年11月〜2008年07月

 

※ちなみに結婚式が2008年11月23日なので、本格的に嫁になってからは更新されていない!?


ツボに入ったおもしろネタをひたすらアップしていくだけのブログ

#004 壺ぶろぐ。

インターネット上に落ちている各種「ネタ」を集めるのが好きでした。夜な夜なネットサーフィンをして、自分のツボに入るようなおもしろ画像、動画、テキストコンテンツ、そういったものをDLしてはHDDにしまっていくのです。

 

そんなネタ倉庫を利用して、立ち上げたのがこの壺ぶろぐ。。

http://tubo.boo-log.com/

 

こういう類のコンテンツって人気があるみたいで、当時わりとアクセスがありましたね〜。

2007年6月スタート〜2009年7月まで

人生がショートカットできると思っていた若かりし頃に立ち上げたブログ

#003 m-ganeのショートカットWeblog

バンド&バイトの生活から、27歳ではじめの就職、正社員として働き始めた会社がブログポータルサイトを運営していたことから、いくつかのブログを立ち上げることになります。

 

その記念すべき1つ目のブログがこちら。

http://mgane.boo-log.com/

 

開始当時のブログ名は「m-ganeの人生ショートカット」というんですが・・。当時のぼくの人生観がどれほど世間をナメていたものかがうかがえる名称です。次第に、このブログ名に違和感を感じるようになり、「人生、ショートカットなんてできるはずない!一歩一歩積み上げるもんじゃ!」と思うようになり改名に至る。。。

 

あ、内容としましてはパソコンのショートカットキーを色々と紹介していくというブログでした。

2007年6月開始〜2010年3月で更新終了


一人で全パートこなす宅録バンドと、ホームページ制作者になるきっかけ

#002 一人宅録ユニットアカネロボッツ

いくつかのバンドで色々な楽器、パートを担当して、いつのころからかパソコンで音楽をつくるDTMを覚えるようになって、いっそのこと一人で全パートやっちゃる!ということではじまったのがアカネロボッツだと記憶しております。

 

十数曲を打ち込みと自宅レコーディングでつくり、ネットで公開したり、ライブも打ち込みの音源をバックに一人で演奏をしていた。目に見える結果として何かを成したということは一つもないけど、かけがえのない経験だったなあと思う。

 

もうひとつ、このアカネロボッツのホームページを自作(当時のホームページビルダー)でつくったことがきっかけで、ウェブ制作の道に入ったんだろうなあ。何がどこでつながっていくかわからない。感慨深い。

 

2005年4月にホームページオープンらしい。そして、未でもネット上で見られるようになっているっ!

アカネロボッツ on web

 

なお、自作の曲はmyspaceで何曲か視聴できるようです。

myspace:アカネロボッツ

バンドのメンバーみんなでつくったCD

#001 ウランBROTHER8「ノスタルジックシーン」

これをミズノケイスケのアイディア倉庫に入れてしまってはいけないのだけれど、いちおう。バンドのメンバーみんなでつくったCD。ちなみに、このバンドでは2枚CDを出していてこちらはファーストですね。

 

メンバーそれぞれが作曲をするタイプのバンドでしたので、曲を持ち寄って、アレンジして、レコーディングスタジオで録音、ちゃんとジャッケットもデザインしてもらって。嬉しかったなあ。何かをクリエイトしてかたちにしていくことの原点が、このあたりにあるのかなあ。

 

このCDについての思い出は、過去のブログ記事にもなっています。音源の視聴もできるみたいだ。

昔やってたバンドのうた (6/8残り / ウランBROTHER8)

 

バンドをしていた時期はおよそ、2002年7月〜2003年9月?






デザイン事務所 ポエジー

代表者:ミズノケイスケ

創業:2015年5月24日

Tel:050-3716-1979

所在地:愛知県豊田市京町1-104-9 第5 103号

サイトマップ

業務内容

  1. 各種デザインの制作・CI策定のサポート
  2. オリジナルデザイングッズの開発と販売
  3. デザイナーの育成と教育業務
  4. デザインの啓蒙とコンサルティング業務

対応地域

  • 愛知県豊田市、岡崎市、みよし市を中心とした三河地方。名古屋市内。県外の方もご相談ください。
  • Zoom、スカイプなど、遠隔で対応できるサービスについては、全国対応可です。オンライン対応についてはリモートポエジーをご覧ください。

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